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-Sample-

 しゅんしゅん、とやかんから蒸気が漏れる。そろそろ沸騰直前、とでもいうところだろうか。
「座って待ってていいわよ」
 おとなしく、その言葉に甘えることにする。木製の椅子を引き、腰掛ける。この椅子も手製なのだろう。それぞれ微妙に形が違う。子供が増える毎に、作っていったのだろうか。そして、それだけの別れも――経験してきたのだろう。稀に、手紙がどこぞから舞い込んで来る。それを受け取って、スタンは嬉しそうに笑う中、どこか寂しげに、彼女は微笑むのだった。
 がさがさと、戸棚からティーポットと紅茶の葉っぱの入ったブリキの缶、そしてティーカップとティーソーサーを二組、スプーンを二本、砂糖の入った瓶を一つ取り出した。
 お湯が沸くのを、かまどの前で彼女はじっと待った。黙ったまま。僕も、何も言わない。
 静寂。
 彼女の横顔がかまどの火に照らされる。オレンジ色の影を作り出す。目鼻の形をはっきりとさせ、黒い髪に赤い影が落ちる。
 その顔には、昼間の笑顔の名残は無い。どこか神妙で、どこか寂しげで。
 時折、ふとした瞬間に見せる憂いの表情。それは主に、夜、こういった瞬間に見せることが多い。
 昼間の笑顔も、楽しそうな声も、幸せそうな世界も、全て遠い世界のことのように感じるこの静寂。その中心にいたはずの彼女でさえ、まるでその時間だけ箱庭の住人で今はその箱庭の外からそれを眺めている傍観者のように感じられた。
 ただ、無邪気に笑っていた、皮肉に哂っていた、あの面影はどこに行ったのか。少女ではない、大人の彼女がそこにいた。
 十八年の歳月が確かにそこに在るのだ。僕の知らない十八年が。
 当時の己の歳を越すほどの歳月。その十八年の間に何を思って生きてきたのだろう。
 十八年の間に、
 何を想い
 何を片付け
 何を得、
 何を捨ててきたのだろう。
 自分の年齢より長い十八年の歳月を、僕は想像できなかった。それも、しっかりとした己の意識がある十八年。子供のそれと大人のそれとでは何もかも違うだろう。
 もう少し、彼女にとっての『昔』のことを語ってくれればいいのだが、あまり十八年前のことを――とりわけ、僕が死んだ後のことを語ろうとはしなかった。そもそも、子供達にせがまれても当時のことをあまり話そうとはしないらしい。
 それは、彼女自身の傷の深さを物語っているようなものだが――。
「よし、そろそろいいかしら」
 ミトンを手に、かまどからやかんを引き上げ、茶葉を入れたティーポットにお湯を注いでいく。そんな、茶を入れる姿を一部始終黙ったまま眺めていた。
「はいどうぞ」
 目の前に差し出されたティーカップに、砂糖を入れてかき混ぜる。それに対して、彼女は意地悪そうに笑いながら言った。
「おこちゃま」
「うるさい」
 ティーカップを手に取り、紅茶を咥内に注ぐ。苦いけど、甘い茶色の熱い液体が体内を降りていく。少し、砂糖を入れすぎたか。
「はー、落ち着くわ」
 と、反対側に座って、彼女も一息ついていた。


++幸せの箱庭-Sample-

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