| -Sample- 1
さわやかな風が吹き抜けていく。
通り抜ける風が木々を揺らす。
揺らされた木々がぶつかり合い、ざぁ、と耳に心地よい音を残していく。
その際、いくつかの葉が散って飛ばされた。
その時、いくつかの花が散って飛ばされた。
緑が。
赤が。
桃が。
色とりどりの風が吹き抜けていく。
その色の中心に、二人はいた。
色とりどりのバラが咲き乱れる園。それはバチカルの頂、城の庭園の一角に設けられたバラ園。
丁寧に手入れのされたそこは、美しいバラと、そしてバラの香りに満ちていた。
庭園の真ん中に用意された、レリーフの施された石造りの屋根の下、三百六十度バラを見渡せるそこで、テーブルに頬杖を突きながらアッシュはかちゃんと陶器の音を軽く響かせて、ティーカップを手に口に運んだ。ほのぬるい温かさの紅色の液体が、喉を通っていく。苦さと、甘みと、そしてバラの芳香。
視線の先には、金髪を風に揺らしたナタリアが、はさみを手にバラの花を摘んでいた。
「とげに気をつけろよ」
カップをソーサーの上に戻して、アッシュは言った。
振り返るナタリアの腕の中には、既にいくつかのバラ。ピンク色の唇が不満げに動き出す。
「子供ではありませんわよ。それぐらい心得ております」
そう言って、再びバラの剪定に戻る。
――それぐらい、庭師にやらせろよ、と小声で呟くと、
「自分で選びたいのです!」
と少々怒気をはらませた声色で返ってきた。聞こえてたか、とアッシュは小さくため息をついて、気を取り直して再び紅茶を口に含んだ。
カップの中身が空になり、ポットからおかわりを、と思い手に取ると、既に軽い。
確かに、バラ園に連れて行かれたのはいいものの、さっきからナタリアがバラを切る後姿を眺めて茶を飲む以外何もしてないな……とアッシュは記憶を辿る。
それでも、彼にしてみればそんな風にナタリアを眺めているだけでも幸せではあるのだが――いささか、手持ち無沙汰を感じざるを得ない。ナタリアがバラを剪定するのにはまだまだ時間がかかりそうだ。多分、部屋に飾るだけのものだろうに、と思いつつ、アッシュは立ち上がり、ポットを手にした。
「どちらへ?」
それに気づいてナタリアが振り返ってそう訊ねる。
「空になった。淹れてくる」
「でしたら、ミルクティーがよろしいわ」
ナタリアの要望に、わかった、と答えてアッシュはポットを抱えてその場から立ち去った。
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